作品から伝え得るもの(平成15年11月)
- 管理者
- 2003年11月20日
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品川区立清水台小学校開校50周年記念曲を委嘱された。全校生徒が歌と楽器で参加する20分程度の作品。
言葉の乱れが嘆かれるなか、美しい日本語で書かれた曲を採り入れたいという音楽の先生と私の一致した意見から、永久に歌い継がれてほしい童謡・唱歌を春夏秋冬のメドレーで構成した。一方、楽器群は、リコーダーや鍵盤ハーモニカといったどの学校にもある楽器を基本に用い、三味線、琴などの邦楽器を加えた。
限られた練習回数の中で、全校生徒が一体となって作り上げる音楽はどのくらいのレベルに達するものなのか、まるで想像がつかなかった。生徒の中には、リコーダーが不得手だったり、音楽嫌いもいるはずだ。しかし、作曲にあたっては決して安易な方向にはしたくなかった。つまり、簡単な技術で派手な効果だけがあがる内容の薄い、妥協した音楽を書いても、そこには何の芸術的価値もないし、どんなに生徒が全力を尽くしたところで本物の音楽にはならないからだ。それでは学校に対しても、練習に励む生徒にも申し訳ない。そこで、故意に技術を易しくしたりせず、小学校で学ぶ範囲内を最大限に生かし、技術的にも内容的にも最高級レベルを要求する曲を書いた。
クラス毎の練習と、全校生徒がそろっての合同練習を数回行なった後、私も練習に立ち会うことになった。校門をくぐると、小学校の懐かしい空気に包まれ、生徒たちが皆元気に挨拶をしてくれた。
大太鼓や和太鼓、木琴、ティンパニーなど大型楽器のセッティングから、三味線、琴の下に敷く毛氈の準備まで、全て生徒たちが協力して行う。そしていよいよ練習が始まった。
音楽の先生が指揮をされて、音楽が鳴り出す。自分の書いた曲の第一音が初めて響く瞬間。作曲家にとってこの一瞬は、なんとも言えない緊張感を体験する。期待と不安だけでなく、自分の中で温め吟味して選んだ音たちが、作曲者の手から演奏者の手へと渡る寂しさをも味わうこととなる。つまり、ここで初めて作品は作曲者の元を離れ、演奏者の息を吹き込まれながら独り歩きしていく。演奏者の解釈によって、作品がより深みを増すこともあれば、つまらない音楽になってしまうこともあるが、ここから先は、作曲者の出る幕はほとんどない。この記念曲も例外ではなく、先ほど校門で元気に挨拶をしてくれた生徒たちに受け渡され、彼らの演奏次第(育て方次第)で変化する彼らの「子供」になるのだ。学校の創立を祝って音に託した私なりの思いを、初々しい純粋な心をもつ生徒たちがどの様に受け止め、演奏してくれるのだろうか。
演奏は、私が想像していた以上の出来であった。一音一音が、小学生の息を通って生き生きと鳴っている。しかし、演奏するまでわからなかったこの作品の難しさがあった。それは、17曲からなるメドレーで構成しているため、前の曲から次の曲へのつなぎで油断してしまうと、音楽が止まってしまうのだ。特に、ソロを担当している生徒が楽器の準備を忘れてしまうと、せっかくの演奏がそこで中断されてしまうことになる。音楽の先生は、その生徒に厳しく注意をした。せっかく全員がつくってきた音楽が、たった一人の油断のために台無しになってしまうということを、全校生徒の前で指摘された。プロのオーケストラ団員なら絶対にない不注意(おそらくオケが首になるでしょう)だが、小学生ならありうる出来事だった。生徒にとって、皆でつくりあげる際の自己責任を学ぶ機会となったようだ。
このようにして、いよいよ本番を迎えた(2003.10.25.)。お神輿を小さい学年が担ぐ「村祭」から始まり、「お正月」では図工の先生と生徒たち合作の獅子舞も登場、小学校の祝い歌に替えた「万博の歌」フィナーレに至るまで小学生の集中力は相当たるもので、止まる心配どころか、聴衆を「音世界による小学校」へと誘導していった。また音楽の進行に合わせて、生徒たちによる学校の歴史、行事を伝える台詞が入り、昔の映像をパワーポイントで流し、学校に縁のある来賓の方々の目を楽しませる豪華な作品になった。「開校以来の大規模な企画、大成功の演奏でしょう」という校長先生と音楽の先生は、興奮を隠し切れない様子であった。
学校の開校50周年に偶然にも立ち会うこととなった全教員と全生徒が一団となって準備を進めるためには、大変なご努力、ご苦労があったに違いない。「この曲の練習によって、今まで自信のなかった子供が、皆の足を引っ張らないように一生懸命練習して楽器が上達し、ぐんと力を伸ばし自信をつけました。下のレベルの子が上のレベルの子を追い越し、互いに向上心をもって全体のレベルがあがっていきました」という音楽の先生のお言葉は、現場教師ならではの鋭い発言だと思う。私も学校のお祝い、生徒の成長に多少は貢献できたかもしれない。しかしそれ以上に、「学校の伝統を祝う」という特別な意味を持つ作品を書かせていただいたことよって、「作品から何を伝えることができるのか、また何を伝えていくべきなのか」という課題について深く考えさせられた。
「流行」という商品化されたものがもてはやされつつある今日、あまりにも一過性のものが多い。作品を後世に残す「作曲家」を生業としている私にとって(曲が残らなくても良いと考える作曲家もいるが)、今回の委嘱作曲は、作品から伝えうる「何か」を求めて、音を厳選しそれらを組み立て、本物の音楽を創らなくてはならない作曲家としての責任を改めて痛感させられる体験となり、感謝している次第である。(2003.11.20.記)
付記:清水台小学校 品川区旗の台1-11-17(東急池上線・大井町線 旗の台駅徒歩5分)
電話03-3781-4841
☆編成
うた
リコーダー(ソプラノ、アルト)
鍵盤ハーモニカⅠ、Ⅱ
アコーディオン(ソプラノ、アルト、テノール、バス)
木琴Ⅰ、Ⅱ
鉄琴Ⅰ、Ⅱ
グロッケン
マリンバ
トーンチャイム
ウインドチャイム
大太鼓
小太鼓
ティンパニー
シンバル
琴
三味線
和太鼓
締太鼓
摺鉦
ピアノ
電子オルガン
☆ 使用曲
村祭→もみじ→一番星みつけた→冬の夜→お正月→雪→たきび→うれしいひなまつり→
春が来た→さくらさくら→こいのぼり→茶つみ[演奏時間の都合により省略]→
たなばたさま→ほたるこい→蛍→海→羽衣→万博のうた(フィナーレ)